
相続が発生すると、預貯金の解約や不動産の名義変更など、さまざまな手続きが必要になります。
相続人が複数いる場合、その前提として重要になるのが「遺産分割協議」です。
本コラムでは、遺産分割協議の基本、期限の考え方、事前準備から進め方、協議書の作り方、まとまらない場合の調停・審判、よくあるトラブル対応までを一通り整理して解説します。
1.遺産分割協議とは?
遺産分割協議は、相続人全員で「誰が、どの財産を、どのように取得するか」を決める話し合いで、相続手続を進める土台になります。
法律上、共同相続人はいつでもその協議によって遺産の全部または一部を分割できるとされています。
遺産の分割の協議[民法第907条第1項]
共同相続人は、次条第1項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第2項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
遺言書がある場合は、原則としてその内容に従って財産が承継されるため、遺産分割協議が不要になるケースも少なくありません。
一方、遺言書がない場合や、遺言書に記載されていない財産がある場合には、相続財産は原則として相続人全員の共有状態になります。
この状態では、不動産の名義変更や預貯金の払戻しなどの手続きを進める際に、相続人間での協議や合意が必要となることがあり、手続きが滞るケースもあります。
遺産を分割するにあたっては、遺産に属する物や権利の種類・性質、各相続人の年齢・職業・心身の状態・生活の状況など、一切の事情を考慮するものとされています。
遺産分割の基準[民法第906条]
遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。
遺産分割協議と遺留分との違い
遺産分割協議と混同されやすい制度に「遺留分」があります。
遺産分割協議は、相続人全員の合意によって「分け方そのもの」を決める手続きです。
法定相続分に必ず従う必要はなく、全員が納得すれば柔軟に決められますが、全員の同意が必須という点が重要です。
一方、遺留分とは、一定の範囲の法定相続人に法律上確保された最低限度の遺産取得分をいいます。
遺留分を侵害する遺贈や贈与などがされた場合には、遺留分権利者は、原則として「遺留分侵害額請求」により、侵害された遺留分に相当する金銭の支払いを請求することができます。
このように、遺産分割協議と遺留分は、それぞれ目的や仕組みが異なる別の制度です。
遺留分とは?基礎知識と相続トラブル防止のポイント
遺留分とは、一定の範囲の法定相続人に法律上確保された最低限度の遺産取得分をいいます。 遺留分を侵害するような遺言や生前贈与が行われていた場合、受け取れるはずの遺産が受け取れなくなった相続人から不満が発生し、相続トラブルに […]
2. 遺産分割協議の期限と放置するリスク
遺産分割協議そのものには、法律上の期間はありません。
ただし、協議を長期間行わないままにしておくと、相続税の申告や相続登記などの手続きに影響するほか、相続人の一人が亡くなることで新たな相続が発生し、関係する相続人が増えて話し合いが複雑になることもあります。
まず、相続放棄や限定承認を検討する場合には注意が必要です。
相続放棄や限定承認を検討する場合は、相続の開始があったことを知った時から原則3か月以内に家庭裁判所へ申述する必要があります。
この期間は「熟慮期間」と呼ばれ、相続を単純承認するのか、相続放棄や限定承認をするのかを判断するための期間です。
また、相続税の申告と納税は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に行う必要があります。
この期間までに遺産分割協議がまとまっていない場合でも、相続税の申告・納税期間が延長されるわけではありません。
遺産が未分割のまま申告する場合には、未分割であることを前提とした申告を行い、その後、遺産分割が成立して税額に変更が生じたときには、修正申告や更正の請求などの手続きが必要になる場合があります。
さらに、2024年4月1日に施行された不動産登記法の改正により、不動産については相続登記が義務化されており、相続で取得したことを知った日から3年以内に登記申請が必要です。
遺産分割協議がまとまらないまま長期間放置すると、相続登記の手続きを進められず、義務違反となるリスクがあります。
また、将来的に不動産を売却したり、担保を設定したりする際にも、相続登記が済んでいないことが手続き上の支障となる可能性があります。
相続登記の申請義務[不動産登記法第76条の2第1項]
所有権の登記名義人について相続の開始があった場合において、当該相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったこと及び当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない旨を定めている。
加えて、放置の最大のリスクは「当事者が増えること」です。
時間が経つ間に相続人が亡くなると、その配偶者や子が新たな相続人となり、話し合いの参加者がねずみ算式に増えます。
早期に相続人と財産を確定させ、合意形成の道筋を作ることが、長期的には最もコストを下げます。
3. 遺産分割協議の準備
遺産分割協議を始める前に、まず遺言書の有無を確認し、相続人と相続財産の範囲を正確に確定しておくことが重要です。
これらの確認が不十分なまま協議を進めると、後から新たな相続人や財産が判明し、協議をやり直す必要が生じることがあります。
遺言書の有無を確認する
遺言書がある場合、原則として遺言の内容が優先されます。
そのため、遺産分割協議を始める前に、遺言書の有無を必ず確認することが基本です。
自筆証書遺言は自宅や貸金庫に保管されていることがあるほか、法務局の自筆証書遺言書保管制度や公証役場の公正証書遺言であれば、それぞれの窓口で有無を照会できます。
有効な遺言書が見つかった場合は、原則としてその内容が優先されます。
法定相続人を確定させる
遺産分割協議は相続人全員が参加して初めて成立します。
したがって、協議前に法定相続人を漏れなく確定することが重要です。
具体的には、被相続人の戸籍を出生から死亡まで連続して収集し、婚姻・離婚・認知・養子縁組などの履歴を確認します。
前婚の子、養子、認知した子は見落としやすく、相続人漏れがあると協議は無効になり得ます。
相続権はどこまで?法定相続人の範囲・相続順位を徹底解説
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相続人に未成年・認知症・音信不通がいる場合の手続き
相続人の中に未成年者がおり、その親権者も相続人となっている場合には、親子間で利益が対立する「利益相反」の状態になることがあります。
このような場合、親権者が未成年者に代わって遺産分割協議を行うことはできないため、家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てる必要があります。
選任された特別代理人が、未成年者本人に代わって遺産分割協議に参加します。
認知症などにより、相続や遺産分割について適切に判断する能力(意思能力)が十分でない相続人がいる場合には、本人が内容を理解しないまま遺産分割協議書に署名・押印することは避けなければなりません。
必要に応じて家庭裁判所に成年後見・保佐・補助開始の申立てを行い、選任された成年後見人等が本人に代わって遺産分割協議に参加します。
音信不通の相続人がいる場合も、その人を除外して遺産分割協議を進めることもできません。
相続人全員が参加していない遺産分割協議は、原則として有効な協議とはなりません。
このような場合には、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立て、必要に応じて家庭裁判所の許可を得たうえで、選任された不在者財産管理人に協議へ参加してもらうなどの対応が必要になります。
相続人の連絡先が不明なときの対処法
1.はじめに ある人が亡くなり、その人に複数の相続人がいる場合、その複数の相続人は遺産分割の話し合いを行って財産を分けることになります。 しかし、ある相続人が他の相続人と話し合いをしようとしたときに、住所も電話番号も知ら […]
相続財産・債務を調査して確定させる
協議の対象はプラス財産だけではありません。
預貯金、不動産、有価証券、保険、貸金庫の中身などに加えて、借入金や未払金、保証債務などのマイナス財産も含めて全体像を把握する必要があります。
調査した財産は財産目録として一覧にし、預貯金の残高証明書、不動産の登記事項証明書など、内容を確認できる資料も整理しておきます。
相続財産調査はなぜ必要?調べ方と対象となる財産について
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4. 遺産分割協議の進め方
準備が整ったら、分割方針の作成→協議→合意→協議書作成→名義変更等の実行、という流れで進めていきます。
遺産分割協議は、いきなり相続人全員が集まって結論を出そうとするよりも、あらかじめ分割案を作成し、具体的な論点を整理しておくほうが話し合いを進めやすくなります。
そのためにも、財産目録と評価の根拠が揃っていれば、何をどう分けると公平かを具体的に検討できます。
また、話し合いは、相続人全員が同じ場所に集まって行う必要はありません。
遠方の相続人がいる場合などは、電話やオンライン、書面などを利用して意見を確認しながら進めることもできます。
遺産の分け方を話し合う(分割方法の決め方)
遺産の分け方は法定相続分どおりである必要はなく、相続人全員が納得すれば自由に決められます。
だからこそ、誰が何を取得するのかを財産ごとに具体化し、合意できる落としどころを探ります。
争点になりやすいのは、不動産評価、同居や介護の負担、生前に受けた援助の有無などです。
ここは「気持ち」だけでなく、事実と資料をもとに整理すると、議論が前に進みます。
特別受益や寄与分の考え方が関係する場合もあるため、論点が複雑なら早めに弁護士を交えて交通整理するのが有効です。
遺産分割の4つの方法(現物分割・代償分割・換価分割・共有分割)
遺産の分け方には、大きく分けて4つの方法があります。
現物分割は、財産をそのまま割り当てる方法です。
たとえば、不動産を長男が取得し、預貯金を次男が取得するといった分け方です。
手続きが比較的分かりやすい一方で、財産の価値に差があると不公平感が出やすく、評価の根拠を揃えることが鍵になります。
代償分割は、特定の相続人が不動産などの財産を取得し、その代わりに他の相続人に代償金を支払って相続人間の取得額を調整する方法です。
たとえば、被相続人の自宅を長男が取得する代わりに、長男が次男に代償金を支払うといった方法です。
まとまりやすい一方、代償金の算定根拠、支払期限、支払能力の裏付けが弱いと後で不履行トラブルになりやすいので、条件を具体的に決めます。
換価分割は、不動産などの財産を売却して現金化し分ける方法で、平等感は出しやすいです。
ただし売却時期、売却価格の目線、仲介費用や税金などの負担が争点になります。
共有分割は、不動産などの財産を相続人の共有名義にする方法です。
一見すると公平に分けられるように思えますが、将来の管理・売却で意思決定が難しく、相続が重なると権利関係が細分化して身動きが取りにくくなるため、安易に選ぶと後で困りやすい方法です。
合意後に遺産分割協議書を作成する
遺産分割協議は口頭でも成立し得ますが、実務では書面化がほぼ必須です。
不動産登記や預貯金の払戻しなど、多くの手続きで遺産分割協議書の提出を求められるためです。
いったん作成して署名押印すると、後から修正するには原則として相続人全員の再合意が必要です。
書面の精度がそのまま手続きのスムーズさに直結するため、作成前に記載内容と添付書類を丁寧に確認します。
5. 遺産分割協議が必要になるケース・不要なケース
遺言の有無・相続人の人数・分け方によって、遺産分割協議が必要な場合と不要な場合があります。
遺言書がない場合には、原則として相続人全員で遺産の分け方を話し合います。
また、遺言書があっても、記載されていない財産がある場合や、遺言の内容だけでは取得者が決まらない財産がある場合には、その財産について遺産分割協議が必要になることがあります。
一方、有効な遺言書によって対象となる財産の取得者が具体的に指定されている場合や相続人が1人しかいない場合などは、遺産分割協議が不要となることがあります。
6. 遺産分割協議書とは
遺産分割協議書は、遺産分割協議で相続人全員が合意した内容を記録し、相続人間の合意を証明するための重要な書類です。
不動産の相続登記や預貯金の解約・名義変更など、各種の相続手続で、誰がどの財産を取得するのかを確認するために使用されます。
遺産分割協議書は、法律上の決まった書式が定められているわけではありませんが、誰がどの財産を取得するのかが明確に分かるよう記載することが重要です。
特に、不動産や預貯金について、財産の特定が不十分だと、手続きの際に追加の確認や補正を求められたり、協議書の作り直しが必要になったりすることがあります。
そのため、協議書を作成する際には、財産の記載漏れがないか、代償金などの条件がある場合にはその内容が明確になっているかを確認し、実際の相続手続に使用できる内容にしておくことが大切です。
遺産分割協議書が必要な手続き一覧(不動産登記・預貯金解約など)
遺産分割協議書は、次のような相続手続で提出を求められることが一般的です。

7. 遺産分割協議がまとまらないときの対処法(調停・審判)
遺産分割協議がまとまらないときに、当事者同士だけで解決しようとして話し合いが長期化すると、相続税の申告や相続登記などの手続きにも影響が生じることがあります。
また、相続人の一人について新たな相続が発生すると、関係する相続人が増え、さらに話し合いが難しくなることもあります。
当事者間での話し合いで解決することが難しい場合には、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てる方法があります
遺産の分割の協議又は審判[民法第907条第2項]
遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。
調停では、調停委員を介して主張と資料を整理し、現実的な着地点を探ります。
感情の対立が強いケースほど、直接交渉よりも手続きに乗せたほうが、話し合いが進むことがあります。
調停でも合意に至らない場合は、審判手続に移行し、家庭裁判所が一切の事情を考慮したうえで分割方法を決定します。
調停・審判にかかる期間は事案によって異なりますが、半年から1年以上に及ぶことも珍しくありません。
話し合いが難航しそうな場合は、早い段階で弁護士に相談し、代理人として交渉にあたってもらうことをおすすめします。
8. 遺産分割協議のトラブル・よくある疑問
遺産分割協議は「相続人全員参加」「財産の特定」など要件を欠くと無効になったり、後から追加対応が必要になったりします。
典型的な疑問を先回りして整理します。
遺産分割協議が無効・取消しになるケース
相続人の漏れや代理手続の不備などがあると、遺産分割協議の効力やその後の相続手続に問題が生じることがあります。
また、財産の特定が不十分だと、名義変更などの手続きで追加の対応が必要になる場合があります。
さらに、詐欺や強迫によって遺産分割協議が成立した場合などには、後からその効力が問題となる可能性があります。
相続人が内容を十分に理解し、必要な資料を確認したうえで、適切に合意形成を進めることが重要です。
協議のやり直しはできる?(贈与税リスク)
相続人全員が合意すれば、一度成立した遺産分割協議をやり直すこと自体は可能です。
ただし、税務上は、最初の分割で取得した財産を後から別の相続人に移す形になると、相続ではなく贈与と評価され、贈与税の問題が出る場合があります。
形式上は協議の変更でも、実質として権利移転が起きていれば課税関係が変わり得ます。
そのため、協議がまとまる前に、代償金の条件や不動産の評価の根拠など、後で不満が出やすいポイントを詰めておくことが重要です。
後から財産や遺言書が見つかったら?
見つかった財産については、追加の遺産分割協議を行い、一部の財産だけを対象にした協議書を作成して対応することも可能です。
重要なのは、追加財産を誰が取得するかが明確になる形で、各種の相続手続きで通用する書面を整えることです。
遺言書が後から見つかった場合は影響が大きく、原則として遺言が優先されます。
すでに協議を終えていても、遺言内容との関係で協議の修正や無効の問題が出る可能性があるため、最初に遺言探索を徹底し、見つかったときは早めに弁護士へ相談するのが安全です。
9. 遺産分割協議と遺産分割協議書のポイントまとめ
相続人だけで進めようとすると、感情的な対立から話し合いが長期化してしまうことも少なくありません。遺産分割協議の進め方や内容にご不安がある場合は、早めに弁護士へご相談ください。
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