近年、単独世帯が増加しており、賃貸物件にお一人で居住されているというケースも多くあります。
しかし、亡くなった人(被相続人)が借りていた賃貸アパート・マンションの大家や管理会社から、「家賃が発生している」とか「部屋に残されたものを片付けて」などといった催促の連絡を受けた場合に、慌てて解約してしまうと、相続放棄ができなくなる可能性があります。
このコラムでは、被相続人の借りていたアパートの解約や、残された家財道具の取扱いについての対処方法と注意点を解説します。
■このコラムでわかる事
・被相続人の借りていたアパートを解約すると相続放棄にどんな影響があるか
・相続放棄したい場合の、アパートの契約、家財の片付けなどにおける注意点
1.賃貸アパートの解約は相続放棄に影響がある?
賃貸物件を解約すると相続放棄できなくなる
被相続人の居住していた賃貸アパート・マンションの賃貸借契約を解約すると、被相続人の賃借権という「相続財産を処分した」として相続放棄ができなくなる可能性があります。
これを「法定単純承認」と呼びます。
法定単純承認とは、要するに相続することを容認したとみなされるということです。
仮にアパートを解約した後に、被相続人に多額の負債があることが判明しても、負債を含めたすべての財産を相続しなければならなくなるため注意が必要です。
相続財産が把握できていない場合や、相続放棄することを検討している場合には、賃貸物件の解約については慎重に検討しましょう。
賃貸物件を解約しても問題のないケースも
賃貸物件の解約がすべて法定単純承認となってしまうわけではなく、以下の2つのような場合には、アパート等の賃貸借契約を解約しても問題となりません。
①相続財産の保存行為となる場合
アパート・マンションの賃料が、被相続人の相続財産(預貯金など)から支払われている場合には、解約しても問題ありません。
相続財産の減少を防ぐための行為(保存行為)とみなされれば、法定単純承認には当たらないと判断されるからです。
②賃借権の価値が低い場合
賃料や、返還される敷金などから、賃貸物件の経済的価値が認められないと判断される場合は、アパートの解約行為が相続財産の処分とはみなされません。
ただし、上記の2つの場合に該当するかどうかは微妙な判断を伴うことも多いので、自分で判断せずに、解約する前に弁護士に相談することをおすすめします。
なお、どうしても解約が必要な場合には、合意の上で解約することは避け(合意すること自体が相続財産の処分とみなされるからです)、大家・管理会社側から賃料不払いによる賃貸借契約の解除という形で対応してもらうのが望ましいでしょう。
2. 賃貸物件の片付けや処理で注意すべきこと
残された家財道具の処分はしてもよい?
被相続人(亡くなった方)の部屋に残された遺品や家財道具の処分を求められたからといって、勝手に処分してしまうことも法定単純承認とみなされる可能性があります。
明らかに価値のない財産(高価ではないもの、使い古した衣類や食器、壊れた調度品など)について「形見分け」程度に処分することは可能ですが、判断が難しいため遺品には手をつけないほうが無難です。
電気・ガス・水道などの公共料金の解約は?
電気・ガス・水道などの公共料金は相続財産の処分には該当しないため、解約しても問題ありません。
滞納家賃の支払いを求められたら?
賃貸していたアパート等に滞納家賃があったとしても、相続放棄をする場合は滞納家賃の支払い義務はありません。
万が一、相続財産から滞納家賃を支払ってしまうと、法定単純承認とみなされることもありますので安易に支払いに応じないほうがよいでしょう。
賃貸物件の連帯保証人になっている場合
相続人とは別に、賃貸物件の連帯保証人になっている場合には、滞納家賃を支払う義務が発生します。
連帯保証人という固有の地位に基づいて負う義務なので、仮に相続放棄をしていても支払いに応じる必要があるのです。
ただし、令和2年4月1日以降に連帯保証人となった場合には、支払いの責任を負う金額の上限となる「限度額」が定められていなければ保証債務が無効となります。
したがって、まずは保証債務の有効性を確認してみるのがいいでしょう。
3. すべての相続人が相続放棄をしたらどうなる?
相続人が自分一人しかいない、またはすべての相続人が相続放棄をしてしまい、相続人がいなくなった場合には賃貸物件はどうなるのでしょうか。
相続放棄をしても管理義務は残る
相続人全員が相続放棄をした場合にも、放棄の時点で相続財産を現に占有している時には、その相続財産を管理する義務が発生します。
現に占有しているとは、その財産を事実上支配又は管理している状態を言います。
例えば、被相続人の自宅で被相続人と同居していた相続人はこれに当たると考えられます。
賃貸物件の場合、被相続人が賃借していた物件に同居していた相続人が相続放棄後も住み続けているというケースはまれかと思いますが、仮に相続放棄した後に、賃貸借契約を終了させ、家財道具の処分をして部屋を明け渡すためには、相続財産清算人を選任する必要があります。
相続人が誰もいなくなってしまう場合には、相続財産清算人の選任申立てを検討しましょう。
相続財産清算人の選任方法と留意点
相続財産清算人とは、相続財産の管理業務を行う人のことです。
被相続人が生前最後に居住していた市町村を管轄する家庭裁判所に申立てを行うことで、通常は弁護士が相続財産清算人に選任されます。
ただし、相続財産清算人の選任には、申立手続に必要な費用や、相続財産清算人が管理業務を行うためにかかる経費・報酬等にあたる予納金を納める必要があります。
特に予納金は、相続財産の金額や想定される相続財産管理人の業務によっても異なりますが、20万円から100万円を超える金額が必要となることもあるので留意が必要です。
4.賃貸物件の解約や、相続放棄の検討は慎重に
賃貸アパート・マンションを解約してしまうと、相続放棄ができなくなる可能性がある一方で、相続放棄をしたからといって賃貸物件に対しての責任が一切なくなるわけではありません。
賃貸物件の解約が相続放棄に影響を与えるかどうかについては、個別の事情により判断が異なります。
相続放棄は、相続の発生を知った日から3か月以内に手続きをしなければなりませんが、相続財産の調査に時間がかかる場合には「熟慮期間の伸長申立て」という手続きを行えば相続放棄の期間を延長することも可能です。
まずは弁護士に相談し、被相続人の財産や債務についてきちんと調査を行い、相続放棄をするかどうか判断することをおすすめします。