コラム

2023.07.12

コラム

遺言書

遺言のラビリンス(弁護士 和田光弘)

この記事を執筆した弁護士
弁護士 和田 光弘

和田 光弘
(わだ みつひろ)

一新総合法律事務所 
理事長/弁護士

出身地:新潟県燕市
出身大学:早稲田大学法学部(国際公法専攻)

日本弁護士連合会副会長(平成29年度)をはじめ、新潟県弁護士会会長などを歴任。

主な取扱い分野は、企業法務全般(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)。そのほか、相続、後見などの家事事件や、不動産問題など幅広い分野に精通しています。

遺言を作りたいBさんの話

「和田さん?」

聞き覚えのある甲高い声が携帯電話の向こうから聞こえてきた。

「そうですけど。」

「俺だよ、オレ、ほら新潟衣料の。」

「ああ、Bさんか。どうしたんだ。」

「オレさ、今病院なんらけど、もうちょっとで出れそうなんラテ。」

「へえ〜、どうしたの、どっか悪いの?」

「体じゅう、ボロボロでさ。それはいいろも、遺言さ、作りてえんて。」

ということで、彼が退院したら、遺言を作りたいとの相談だった。

彼のお父さんの代から、不動産のトラブルや、賃貸借契約の内容の相談とか、折につけ、法律的に対応してきた縁で、彼は今でも私以外の弁護士に相談しない。

「どんな遺言を作りたいの?」

「俺さ、兄弟いなくてさ、親父もお袋も死んでしもて、相続人がいねんさ。それでさ、ちょっとバカ、社債とか、貯金とか、住んでるマンションがあんだろも、国にやる必要ねえスケさ、ほら、交通事故のあしながおじさんの会に2000万円ばか寄付してさ、そうして、オラが出た大学にも1000万円ばかり出してさ、あとは、いとこの本家筋に数百万づつさ・・・」

「わかった、わかった。そんじゃ、退院したら、内容確認して、遺言作りの準備するさ。」

彼が退院したと聞き、若い弁護士を連れ立ち、遺言の内容を確認するため、彼のマンションを訪ねることにした。

ちょうど、前日の雪が降り積もり、通りは雪道で歩きにくい日だった。

夕方、タクシーで彼のマンションに出向いた。


チャイムを鳴らす。

出ない。

携帯電話をかけてみる。

応答しない。

「どうしたんだろう?」

寒いなか、2人で待ち続けること10分。

足元から寒気が上がってきている。

「しょうがない、何かあったのかもしれない、今日はこれで帰ろう。」

Bさんのいとこから電話がかかってきて、彼は緊急入院してしまったという。

そして、病院に向かって緊急遺言でも考えていた矢先、コロナ感染の関係で、容易に病院に入れないとの事情を確認しつつ、いよいよ病室で遺言を段取る直前だった。

いとこからの電話で、私は彼の死亡を知った。

あちこちにつまづきながら、遂に、彼の希望は叶えられずに幕は閉じた。

Bさんのお話は、遺言が作れないケースだった。

遺言を作ったXさんの話

Xさんの例は、それとは全く違う。

「先生、遺言ってさあ、後から作った遺言がいちばんなんだろぉ。」

そう言って、相談してきたのは、亡くなったX婆さんの次男だった。

聞けば、Xさんは、どうも亡くなる前に、彼の家にしばらく逗留していたらしい。

「しばらく、やっかいになるコテ」

とでも、言ったのだろう。

「おめんとこ、やっかいかけたっけさあ、遺言で、ほら古町のあれ、貸家さ、おめえにやるコテ、そう遺言したっけさ、仏壇にあげとけて。」

次男は夫婦して喜んで、X婆さんの面倒を見たらしい。

持参した自筆遺言には、古町の貸家の遺贈が書かれていた。

ところが、相続人は結構やっかいで、先夫の子供たち三人、後夫の子供ら二人ということで、家庭裁判所に皆が皆、遺言を持ち出してきた。

「えっ、みんなが遺言を持ってるの?!」

そんな話は聞いたことがない。

X婆さんは、子供たちのところを繰り返し回っては、やっかいになり、最後には、「古町の貸家」を持ち出し、遺言しといたからと、喜ばせていたらしい。

「はあ?」

「だすけさ、いっち最後の遺言がさ、オレんちらしいんさ」

「へえ!」

ところが、ところがの話で、真実はもっとすごかった。

最後の最後に、市内のある弁護士が立ち会って、公正証書遺言が作成されていたのだ。

そこには、「すべての私の遺言を取り消す。相続人は全員私の子だから、自分たちで話し合って、解決しなさい。」とされていた。


あちゃ、パーである。

こちらの話は、遺言が作られすぎて、遺言がなくなってしまったお話である。

遺言はなかなかうまくいかない

どちらも、私が体験した真実のケースに基づく。

遺言というのは、作られずに終わっても、作りすぎても、意味がなくなる場合もある。

どうしたら、このラビリンス(迷宮)に迷い込まずに済むのか。

意外に難問なのかもしれない。

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