遺言を作りたいBさんの話
「和田さん?」
聞き覚えのある甲高い声が携帯電話の向こうから聞こえてきた。
「そうですけど。」
「俺だよ、オレ、ほら新潟衣料の。」
「ああ、Bさんか。どうしたんだ。」
「オレさ、今病院なんらけど、もうちょっとで出れそうなんラテ。」
「へえ〜、どうしたの、どっか悪いの?」
「体じゅう、ボロボロでさ。それはいいろも、遺言さ、作りてえんて。」
ということで、彼が退院したら、遺言を作りたいとの相談だった。
彼のお父さんの代から、不動産のトラブルや、賃貸借契約の内容の相談とか、折につけ、法律的に対応してきた縁で、彼は今でも私以外の弁護士に相談しない。
「どんな遺言を作りたいの?」
「俺さ、兄弟いなくてさ、親父もお袋も死んでしもて、相続人がいねんさ。それでさ、ちょっとバカ、社債とか、貯金とか、住んでるマンションがあんだろも、国にやる必要ねえスケさ、ほら、交通事故のあしながおじさんの会に2000万円ばか寄付してさ、そうして、オラが出た大学にも1000万円ばかり出してさ、あとは、いとこの本家筋に数百万づつさ・・・」
「わかった、わかった。そんじゃ、退院したら、内容確認して、遺言作りの準備するさ。」
彼が退院したと聞き、若い弁護士を連れ立ち、遺言の内容を確認するため、彼のマンションを訪ねることにした。
ちょうど、前日の雪が降り積もり、通りは雪道で歩きにくい日だった。
夕方、タクシーで彼のマンションに出向いた。
チャイムを鳴らす。
出ない。
携帯電話をかけてみる。
応答しない。
「どうしたんだろう?」
寒いなか、2人で待ち続けること10分。
足元から寒気が上がってきている。
「しょうがない、何かあったのかもしれない、今日はこれで帰ろう。」
Bさんのいとこから電話がかかってきて、彼は緊急入院してしまったという。
そして、病院に向かって緊急遺言でも考えていた矢先、コロナ感染の関係で、容易に病院に入れないとの事情を確認しつつ、いよいよ病室で遺言を段取る直前だった。
いとこからの電話で、私は彼の死亡を知った。
あちこちにつまづきながら、遂に、彼の希望は叶えられずに幕は閉じた。
Bさんのお話は、遺言が作れないケースだった。
遺言を作ったXさんの話
Xさんの例は、それとは全く違う。
「先生、遺言ってさあ、後から作った遺言がいちばんなんだろぉ。」
そう言って、相談してきたのは、亡くなったX婆さんの次男だった。
聞けば、Xさんは、どうも亡くなる前に、彼の家にしばらく逗留していたらしい。
「しばらく、やっかいになるコテ」
とでも、言ったのだろう。
「おめんとこ、やっかいかけたっけさあ、遺言で、ほら古町のあれ、貸家さ、おめえにやるコテ、そう遺言したっけさ、仏壇にあげとけて。」
次男は夫婦して喜んで、X婆さんの面倒を見たらしい。
持参した自筆遺言には、古町の貸家の遺贈が書かれていた。
ところが、相続人は結構やっかいで、先夫の子供たち三人、後夫の子供ら二人ということで、家庭裁判所に皆が皆、遺言を持ち出してきた。
「えっ、みんなが遺言を持ってるの?!」
そんな話は聞いたことがない。
X婆さんは、子供たちのところを繰り返し回っては、やっかいになり、最後には、「古町の貸家」を持ち出し、遺言しといたからと、喜ばせていたらしい。
「はあ?」
「だすけさ、いっち最後の遺言がさ、オレんちらしいんさ」
「へえ!」
ところが、ところがの話で、真実はもっとすごかった。
最後の最後に、市内のある弁護士が立ち会って、公正証書遺言が作成されていたのだ。
そこには、「すべての私の遺言を取り消す。相続人は全員私の子だから、自分たちで話し合って、解決しなさい。」とされていた。
あちゃ、パーである。
こちらの話は、遺言が作られすぎて、遺言がなくなってしまったお話である。
遺言はなかなかうまくいかない
どちらも、私が体験した真実のケースに基づく。
遺言というのは、作られずに終わっても、作りすぎても、意味がなくなる場合もある。
どうしたら、このラビリンス(迷宮)に迷い込まずに済むのか。
意外に難問なのかもしれない。
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