1. 制度の新設
平成28年の最高裁決定により、遺産分割までの間は、預貯金債権が共同相続人全員の準共有状態にあり、預貯金の払戻しを受けるには相続人全員の合意が必要とされました。
この決定を受け、遺産分割前でも相続人が単独で預金の払戻しを受けられるよう、次の2つの制度が新設されることになりました。
これらは2019年7月1日が施行日とされています。
① 遺産の分割前における預貯金債権の行使 (以下、「仮払い制度」とする。)<改正民法第909条の2> ② 遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分 (以下、「審判前の保全処分」とする。)<改正家事事件手続法第200条3項> |
2. 仮払い制度について
<改正民法909条の2> 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生活費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。 この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得するものとみなす。 |
(1)概要
前述のように、最高裁決定により、相続人全員の合意なくして預貯金の払戻しはできない運用でした。
しかしながら、被相続人の葬儀費用、被扶養者の生活費等の資金が必要となった場合、一切の払戻しが認められないとすると相続人にとっては死活問題となり得ます。
そこで、遺産分割前であっても、相続人が単独で払戻しを受けることのできる制度の整備がなされました。
(2)払戻しを行うにあたって
「仮払い制度」によって払戻しを行う場合、後述する「審判前の保全処分」の場合とは異なり、家庭裁判所で調停や審判に係属している必要はなく、払戻しの必要性の要件もありません。
ただし、払戻しには次の上限が定められています。
3. 審判前の保全処分について
(1)概要
家事事件手続法では仮分割の仮処分を家庭裁判所に求めることは可能でした(現家事事件手続法200条2項)。
しかし、同条項では、仮処分を求めることができるのは、「急迫の危険を防止するため必要があるとき」に限定され、厳格な要件が課されていました。
預貯金債権については、その仮分割の必要から、その要件を緩和する3項の新設が行われることとなりました。
<改正家事手続法200条3項> 前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第466条の5第1項に規定する預貯金債権をいう。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部または一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りではない。 |
(2)仮分割の要件
「審判前の保全処分」により仮分割を求めるには次の要件を充足する必要があります。
ア 遺産分割の調停又は審判の本案が家庭裁判所に係属していること
イ 相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁等のために必要であること
ウ 他の共同相続人の利害を害しないこと
なお、イの必要性の判断、仮分割の額は、裁判所の裁量によります。
(3)仮分割と本分割の関係
仮分割がなされた場合、仮分割がなされた預貯金も含めて、改めて遺産分割がなされるものと考えられます。
4. まとめ
以上が新設される制度になります。
「仮払い制度」と「審判前の保全処分」の違いとしては、「仮払い制度」が調停等を申し立てずとも金融機関に対し請求でき、「審判前の保全処分」は家庭裁判所に調停等を係属させ、保全処分として申し立てを行う必要があること、金額について「仮払い制度」は法定の上限があるのに対し、「審判前の保全処分」は裁判所がその金額を決めること、効果として「仮払い制度」は遺産の一部を分割したとみなされるのに対し、「審判前の保全処分」は仮分割がなされた分も含め改めて遺産分割を行うことがあげられます。
◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 鎌田 大輔
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2019年4月5日号(vol.231)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。