【事案の概要】
Aさんは40代の男性です。
このたび、父のWさんが亡くなりました。
Wさんは貸家をいくつか所有しており、それぞれ賃借人が入居しています。
Wさんの相続人は、長男であるAさんのみであり、Wさんの遺言書も作成されていなかったため、貸家について全てAさんが相続しました。
なお、貸家の賃貸借契約書が見当たりませんが、Wさん名義の口座にそれぞれの賃借人から毎月の賃料が振り込まれていましたので、有償で貸していることはわかっています。
Aさんは、貸家を相続したものの、今後管理していくことは困難であることから、売却したいと考えました。
しかし、貸家には賃借人が入居していることから、売却することができるのかどうかわからず、当事務所にご相談にいらっしゃいました。
弁護士はAさんに対し、まず、貸家であっても売却すること自体は可能だが、賃借人が入居したまま売却する場合には、買主にそれを承知してもらう必要があることを説明しました。
また、もしも売却前に賃借人に退去してもらうのであれば、相当額の立退料が必要となりうることを説明しました。
そして、賃貸借契約書が見当たらない点については、仲介を行った不動産業者があれば、そこでコピーまたは原本が保管されている可能性があることを助言しました。
Aさんは、Wさんの遺品の中に近所のR不動産からの書面があったことから、R不動産が仲介したのではないかと思い、連絡してみました。
その結果、やはりR不動産が仲介を行っていることが判明し、賃貸借契約書も全ての貸家についてコピーが保管されていました。
Aさんは、R不動産から賃貸借契約書のコピーをもらうとともに、賃借人が入居したままで、貸家と敷地を購入してくれる人がいないか、R不動産に募集してもらうことにしました。
【弁護士の解説】
この事案のように貸家を相続した場合、賃貸借契約の内容を正確に確認するためには、賃貸借契約書を入手する必要があります。
賃貸借契約書を探しても見つからない場合は、この事案のように仲介を担当した不動産業者がコピーなどを保管している場合があります。
また、それ以外の方法としては、借主が保管している賃貸借契約書についてコピーを取らせてもらうという方法もあります。
では、相続した貸家を売りたい場合にどうすればよいのでしょうか。
一般的に、建物について賃貸借契約が締結され、かつ建物が賃借人に既に引き渡されている場合は、賃借人は、たとえその建物の所有者が売買などによって他の人に変わっても、新たな所有者に対して賃借権の存在を主張できます。
そのため、新たな所有者としては、賃借人に対して直ちに退去を求めることはできません。
また、契約期間中でも契約期間満了時であっても、賃借人が賃貸借の継続または更新を希望している場合、賃貸人が契約を終了させて退去を求めるためには、具体的事情に応じた相当額を立退料として支払わなければならないのが原則です。
そのため、貸家を相続した相続人が、その貸家をどうしても売却して現金に換えたいときは、賃借人を退去させてから売却するのではなく、賃貸借経営をそのまま引き継いでくれる買主を探すのが穏当な方法です。
また、貸家の売却を特に急がなくても良い場合は、そのまま賃貸借経営を引き継いだ上で、不動産業者に管理を依頼することによって少ない負担で経営していくのも一つの方法です。